漫画等の感想、あとは日々思ったことについての考察などがメインです(多分)。リンクやトラックバックはフリーです。(注)コメント欄を掲示板に使うのはおやめください

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

不思議&わからない

 MOON CHRONICLEさんで見かけたこの記事(元ソースは駄文にゅうすさん)なんですが、セクシャリティの社会学でも結構出てくるし、見るたびに謎なのでこの記事を使って取り上げてみようかと。

 それは「わいせつ」のこの定義。判例で出てしまったものですが、こうあります。


 「いたずらに性欲を興奮又は刺激させ、かつ普通人正常な性的羞恥心を害し、善良な性的道義観念に反することとする。」

 「普通人」っていったい誰のことを指しているんでしょうね??

 社会学では、対概念を持ってきて論理展開すること常套手段としていますが、この場合の対概念ってなんだろうということも毎回思ってしまうわけです。

 対概念とは、例えば「正義と悪」、「社会と個人」などの相反する概念や言葉、考えなどを表しますが、「普通人」と言われたら何を指しているのかよくわからんものなのです。また、何をもって「普通人」と定義しているのか定かでありません。 


 これ、不思議でしょうがないんですけどね。とある先生に聞いてみたところ、「俺もわかんねぇ。」と言われたのをよく覚えています。


 また、正常な性的羞恥心ってなんだろうとも思ってしまいます。

 「フェチズムはセーフなのかアウトなのか?それともグレーゾーンなのか?」

 「ロリコンが問題とされているならば、何故同じ「コンプレックス」という名がついているブラコンやショタコンが問題にならないのか?」

 「本当に幼女を襲う事件だけが原因?ロリコンだけ別なカテゴライズされているのではないだろうか?」

 などなど、色々命題が思いついたりして思考がスパイラルに陥るのであまり触れたくない話題ですが、見てしまうと毎回思うわけです。


続きを読む
スポンサーサイト

こんな裏事情どうでしょう

 「有害図書:コミックなど5冊、「犯罪、自殺誘発」で初指定--県審議会」という記事をMOON CHRONICLEさんで見かけて、ゴルゴ31さんに飛んで元ソースを見てみました。
 正直、この手の話には「またか。」と思ったのですが、前にゼミ生や先生と絡んで漫画やゲームの規制についてお話したことがあったんで、自分なりにまとめたところや、その裏側についてを少し書き記してみたいと思います。
 ここでは青少年への影響についての真偽ではなく、何故このような話が出てくるのかということを少し述べてみます。
続きを読む

8月15日レポ

 親類で靖国神社に奉られている人がいると聞いたことがあるので、ここ年に何回かは訪れています。今回はそのレポとそのときに思ったことを。あ、普段ここで書いていることと、だいぶ内容が違いますのであしからず。普段ここを訪れている方々にとっては、そのギャップが激しいと思われます。そのあたりを意識してお読みください。
続きを読む

バイトのせいで時期を逃した感じは否めない でもあえて書く

 WBCの決勝戦で、アマチュア野球最強のキューバを見事に破り、日本がWBC初代王者になりました。予選からずっと見てきて応援してきたのですが、野球とはこんなにも見ていて楽しいと思えるような試合ばかりでした。優勝して喜ぶ選手たちを見て、素直におめでとう&感動をありがとうと言いたいです。
 ところが、この感動に水を差すような言動がテレビで聞くことがあります。選手だけでなく、日本を応援していた観客にも言及したことです。大きな国際大会が行われたときに必ずいわれていることですが、日本のナショナリズムの高揚を懸念する声です。
 素直に感動しているときに冷や水をかけさせられたようで、非常に嫌な気分にさせられました。なので、私からも反論させてもらいます。それは「ナショナリズムと愛国心は違う」ということです。
 中には、え?と思う人もいるかもしれません。試しに辞書を引いてみましょう。
続きを読む

毎年この手の話を聞いてきたのでつい書いてしまった 反省や後悔はしていない

 この時期になると卒業を迎える学生が多く、街中では卒業証書を片手に友人と楽しく談笑する姿を見ることがあります。非常に喜ばしいことなのですが、ここ数年、卒業シーズンになるとよく聞くお話があります。卒業式における君が代斉唱に関する問題です。
 「君が代斉唱の強制について抗議する」「子供たちの心情に配慮して卒業式で歌わなくてもいいようにしてほしい」等という考えの元、一部の生徒や教師のあまりに行き過ぎた行動により、この式典が台無しにされてしまうことは非常に残念なことです。

 国歌を歌う歌わない対してとやかく言うつもりはありません。そんなのは個人の自由ですし、さまざまな意見を持つことも抗議することも悪いことではありません。ただ、卒業式を妨害する行為に対しては疑問を感じえません。
 卒業式は、生徒が母校を離れて新しい世界へ旅立つための式典です。当然、主役は生徒ではありますが、主役だけでは卒業式は成り立ちません。卒業式は生徒だけで行うものではなく、他の生徒や先生方、来賓の方々や御両親が一緒になって行うものです。ですから、ある程度は相手に合わせることが必要です。
 歌いたくなくても、秩序を保つために最低限起立はするべきでしょう。全体主義的だとか言われる方もいるかもしれませんが、そういった協調が求められる場において、一個人の主義主張や行動を前面に押し出すことが、どれほど逸脱な行動であるか考えたことがあるのでしょうか。
 式の最中に、壇上で会場に向かって抗議したり、その場で校長先生に意見を言う人もいるそうです。中には、「言ってやったorやってやった」という達成感や満足感を持つ人もいるかもしれません。しかし、そのような行為によって、式が台無しにされてしまったと思う生徒もたしかにいるはずです。その人たちのことを考えたことがあるのでしょうか。君が代斉唱で内心の自由や心情が侵害されたと聞きますが、逆に言えばこのような行為によってほかの人の内心の自由や心情が侵害されたとも言えることもできるはずです。
 自分の主張や考えを声に出して外に発するということは重要なことですが、時と場合を考えないと人には迷惑ととられてしまいます。さらには自分だけでなく、友人や出席してくれた御両親に恥をかかせることにもなりかねません。

 このような行為は、教師の方々にも当てはまります。先生方にとっては、卒業式は毎年出席している行事なのでしょうが、卒業する生徒にとっては母校で行うただ一回だけの卒業式のはずです。それなのに、「国歌斉唱が強制であるから着席して抗議する」という行いは、本来、生徒の見本となって作法や礼儀について教えなければならない教師が、心情を免罪符として職務を放棄しているだけではないのでしょうか。厳しい意見を言わせてもらえば、子供が屁理屈をこねているようにしか見えません。卒業生にとって大事な式を、そのような一部の教師の行いによって台無しにしてしまっているという事実についてどうお考えなのでしょうか。

 さらに、卒業式等で、国歌を歌うことが強制であるというならば、何故同様に校歌斉唱が学校側の強制だと文句を言わないのでしょうか。
 基本的なルールが押し付けだというなら、校則も押し付け、受験も押し付け、義務教育も押し付け、はたまたは社会のルールも押し付けであるという理論も成り立ってしまいます。そもそも、卒業式でこのような当たり前のルールが守れないからこそ処分が下されているのでしょう。どんな社会でもルールから逸脱したものは罰が与えられるのは当たり前のことです。そうでなければ集団の秩序が保てなくなります。処罰が厳しいという意見も聞きますが、厳しくせざるを得ない理由を与えているのは他ならない行為者自身です。

 内心の自由や心情も大事なことですが、本来、卒業式は秩序が求められているはずです。その秩序を壊してまで主張する必要性が、はたして卒業式の最中にまであるのでしょうか。
 私には疑問を通り越して、何か異質なものでさえ感じられます。

プロフィール

戒斗

Author:戒斗
 オタクでも、武道や学問、スポーツが好きでもいいんじゃな~い。と考えてるとある商社の営業マン。今でもひっそりと合気道に打ち込む日々であります。

 画像は愛刀・へっぽこ丸

最近の記事
最近のコメント
最近のトラックバック
月別アーカイブ
カテゴリー
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

マクロスF~名言集~


Spcial Thanks マクロスF

無料カウンター 『神曲奏界ポリフォニカ』応援中! ガストゲームズサポーターズリンク「イリスのアトリエ~グランファンタズム~・アルトネリコ」公式サイトはこちらへ! ガストゲームズサポーターズリンク「マナケミア・アルトネリコ2」公式サイトはこちらへ!
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。